北海道駒ケ岳

2008年相模原OFF会

2008年2月16日

 今回は火山を歩く巡検ではなく、市街地が載っている台地がいつどうやってできたのかを、地層の時間のものさしである火山灰を使って知ることができる、というものを見学しました。場所は神奈川県相模原市内。新宿から電車で1時間の街中ですが、とても勉強になる良い露頭が残されているコースです。

 今回のテーマは「河成段丘」、つまり相模川が作った段丘地形です。段丘面は、かつての河原が陸化(水をかぶらなくなって土壌を貯め始めること)した平坦地です。相模原のほか、東京西部一帯の「武蔵野台地」もかつての河原です。

 出発前に参加者の皆さんには、見学地付近の地形断面図を描く「宿題」を予習として行ってもらいました。

 当日は風も弱く真っ青な空のもと、のんびりと歩きながら巡検を楽しみました。目の前の丹沢の山々は、ところにより雲がかかっていたものの、雪をかぶって白く輝いていました。



 原当麻(はらたいま)駅を出発して最初に見学したのが、相模原面の断面を観察することができる露頭のある「大正坂」です。段丘崖の地形がよくわかります。まずはこの崖の麓にある竹やぶで、基盤と河床礫(台地が河原だった頃の、河原の石ころ)の境目を観察し、次にロームの露頭です。

 礫層の上には約15mの厚さのロームが堆積しています。氷期・間氷期のサイクルによって地球の海面は上下しますが、これによって川の侵食力や流路が変わります。すると水をかぶらなくなった河原にはロームが堆積を始めます。ここでは礫層の直上に箱根東京軽石という、約6万年前に箱根新期カルデラを形成した噴火の噴出物が堆積しています。このことから、相模原面という段丘面の陸化年代は、約6〜7万年前だと分かります。なお箱根東京軽石は、観察者がみんな掘るので、だいぶ見にくくなっています。写真は、ローム層の上部に堆積している相模野第一スコリアを観察しているところです。このスコリア層の直下には姶良丹沢テフラ(AT)が堆積していますが、肉眼では見つけるのが困難です。

 次は昼食です。段丘崖は不透水層である基盤と透水層である礫層との間から湧き水が出ます。これを利用しての川魚料理です。おいしい料理を堪能しつつ、話題は地質ネタです。

 名物の鱒のフライに、鯉の洗い、鯉の味噌汁、麦飯です。

 無量光寺近くの露頭です。ここは田名原面という、相模原面より一段低い段丘面の断面を見ることができます。ここでは礫層の直上にAT(肉眼での観察困難)と相模野第一スコリアが堆積しています。このことから、田名原面の陸化は約3〜4万年前だと分かります。陸化してロームが堆積している期間が相模原面よりも短いので、ローム層は薄くなっています。

 一生懸命ATを探しているのでしょうか。

 田名向原遺跡です。公園として整備されました。ロームと黒土の剥ぎ取り標本が展示されています。竪穴式住居も復元されています。

 ここは田名原面よりも一段低い陽原(みなはら)面という段丘面です。礫層の直上には、約1万5千年前に富士山から流れてきた泥流「富士相模川泥流」(古富士泥流)が載っています。ロームの厚さは1m程度です。陽原面の陸化時期は約2万年前の、最終氷期(氷河期)最盛期の頃です。
 かつてここには露頭がありましたが、公園整備のためなくなってしまい、なんとも安っぽい地層の複製が展示されています。整備工事中のわずかな時期に、非常にきれいな露頭が出現していましたが、その時の写真は今回の巡検ガイドに掲載しました。

 相模川に降りる坂道で、陽原面の断面を見ることができます。ロームと古富士泥流、礫層は手の届かない上のほうに顔を出しています。

 礫層の下位の基盤がここでは良く見れます。中津層群と呼ばれる浅海性の堆積物です、数百万年前に堆積しました。

 中津層群の露頭に奇妙な洞穴があります。

 陽原で、古富士泥流を観察しています。ここも坂道を降りながら陽原面の断面を見ることができます。

 中津層群で断層らしきものを見つけて観察しています。

 現在の相模川の河原に降りました。ここもいつかは地層中の礫層になるのでしょう。座り込んで、休憩を忘れて礫の観察をしています。河原の礫は、上流にどのような地層が分布しているのか教えてくれます。ここでは緑色凝灰岩や石英閃緑岩など丹沢起源のものや、富士山起源の玄武岩礫などが見られます。
 この後、写真はありませんが、古富士泥流の立派な露頭を見て、巡検は終了、バスで橋本に戻ります。

 橋本での反省会です。

 「羊蹄山噴火焼」です。ようするにジンギスカンのようなものです。形が羊蹄山であって(どちらかというと昭和新山?)、噴火するなどの仕掛けはないです。


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